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つなぐ会
日本の伝統をつなごう
イベント企画



#235 了仙寺(りょうせんじ)
静岡県 下田 寛永12年(1635年)下田奉公今村正長によって創建された日蓮宗の寺。嘉年7年(1854年) 日米和親条約が締結されペリー艦隊が開港された下田に入港すると、了仙寺はペリー一行の応接所兼幕府との交渉場所となり、和親条約の細かい取り決めである 日米和親条約下田追加条約 がここで結ばれました。現在は国指定史跡となっています。 1854年の日米和親条約(神奈川条約)締結に貢献した主な日本人は、 全権として交渉をまとめた林復斎、通訳を務めた森山栄之助、そして幕府の最高責任者である阿部正弘 です。彼らは武力衝突を避け、開国へと至る条約を締結させるため、重要な役割を果たしました。 境内には3,000点以上の開国に関する映像資料の原本を所蔵するMoBS黒船ミュージアムが併設されています。


#234 ペリーロード
静岡県 下田 黒船でやってきたペリー艦隊が、日米下田条約締結の為に了仙寺まで行進したことから名付けられたペリーロード。どこか異国情緒あふれるレトロな雰囲気を醸し出す石畳の小道沿いにはなまこ壁や伊豆石造りの風情ある家並みが続き、お店やカフェに立ち寄りながらゆったりと散歩を楽しめます。長さ約400〜500メートル。


#233 下田(しもだ)
静岡県 下田 1854年(嘉永7年)、日米和親条約の締結によりペリー艦隊率いる米国海軍が来航してから下田の開国の歴史が始まりました。江戸時代、下田は「出船入船3000隻」といわれ、東西を往復する船の風待ち・避難の寄港地として繁栄しました。そのため様々な文化が交錯した下田では、今でも往時の面影を見ることができます。


#232 河津七滝(かわづななだる)ループ橋
静岡県 河津 「天城越え(あまぎごえ)」の国道414号線が通るループ橋。二重のループで高低差45mをいっきに解消します。ループ橋ができる前は東側の山の中をつづら折れになった国道が通っていましたが、1978年の伊豆大島近海地震の際に起こったがけ崩れをきっかけにして、このループ橋が作られました。険しい天城の山を克服するための人々の工夫のひとつです。 ループ橋は、その構造や耐震性が評価され、土木学会田中賞を受賞。 河津桜(かわづざくら)はこの地から全国に広まりました。


#231 浄蓮(じょうれん)の滝
静岡県 伊豆 浄蓮の滝は、伊豆を代表する景勝地で伊豆半島ジオパークのジオサイトや日本の滝百選に認められています。滝の落差は25m、幅は7m、滝壺の深さは15m。その落差からの水しぶきで、深い樹木が生い茂る豊かな自然の中、マイナスイオンを体中でめいっぱい感じることができます。 滝の成り立ちは、 約1万7000年前に火山が噴火した際にできたとされており、左右の岩盤には柱状節理(ちゅうじょうせつり:溶岩が冷えた際に岩体が六角形等の柱状になった規則性のある割れ目)が見られます。 バリアフリーの展望デッキがあり、滝を見下ろすことができます。駐車場から、滝壺まで片道徒歩10分、約200段の階段あり。


#230 韮山反射炉(にらやまはんしゃろ)
静岡県 伊豆 江戸時代末期、欧米諸国の植民地化や開国要請に対抗して日本(江戸)を守るため、時の韮山代官・江川太郎左衛門英龍が幕府に進言して築いた大砲鋳造炉という名称は、熱をアーチ型の天井に反射させて鉄の溶解温度(千数百度)を得る構造から名付けられました。 大砲鋳造のために建設された反射炉は国内で十数基ありましたが、現存するのは3基(萩反射炉・薩摩旧集成館反射炉跡・韮山反射炉)で、その中でも韮山反射炉は最もほぼ完全な形で現存し、実際に稼働したことが確認されている点で大変貴重です。 ※平成27年7月に、韮山反射炉は「明治日本の産業革命遺産 」の構成資産として、世界文化遺産に登録されました。 #229 蔵屋鳴沢の茶畑のすぐ隣に位置しています。


#229 蔵屋鳴沢(くらやなるさわ)での茶摘み
静岡県 伊豆 かすりの着物と手ぬぐいを着けて、男性も女性もお茶摘み娘に大変身。天気の良い日は富士山を眺めながらお茶摘み体験ができます。 https://kuraya-narusawa.co.jp/


#228 MOA美術館
静岡県 熱海市 東洋美術の絵画・書跡・工芸を中心に国宝3点、重要文化財67点、重要美術品46点を含む約3500点の収蔵品を誇る熱海を代表する美術館。尾形光琳の最高傑作とされる国宝「紅白梅図屏風」は特に名高い作品。(毎年2月の梅の季節に合わせた限定公開。 美術館は7万坪にも及ぶ熱海の高台に建てられていて、館内のメインロビーやムア広場からは伊豆大島や初島など、美しい絶景が望めます。
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