#256 将門塚(まさかどづか)
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東京都 大手町
平将門は、平安時代中期に活躍した武将で、関東地方の政治改革に尽力し、民衆から厚い信頼を得ていたといいます。ですが、さらなる政治の革新を図ろうと時の朝廷に反逆。大規模な反乱「天慶の乱(平将門の乱)」を起こし、戦いの末、940年に討死しました。戦いに敗れた平将門は京都・平安京の七条河原でさらし首になったそうです。
なんとその3日後、その首は大地を鳴動させながら、白い光を放って夜空に飛び去り、落ちたのがこの場所だと伝えられているのだとか。その後、彼にゆかりのある人々によって首はこの地に納められ、墳墓が築かれたのが、この「将門塚」の由来なのだそうです。
その後13世紀になると首塚は荒廃してしまい、周辺では水害などの天変地異がたびたび起こるように。「怒った平将門の怨霊が江戸の民を祟っている」と言い伝えられるようになりました。1307(徳治2)年、時宗の僧・真教上人によって手厚く供養されると、平将門の霊魂はようやく鎮まり、この地の守護神となったそうです。







