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#243 波治加麻神社(はじかまじんじゃ)

  • 4 日前
  • 読了時間: 2分

東京都 伊豆大島



参道の左右には杉の大木が整然と真っ直ぐ天に向かって林立し、薄暗い中にも木々の間からやわらかな陽光が差し込み、周囲の静寂とともに何とも神秘的な雰囲気を漂わせています。伊豆諸島の生成伝説を伝える「三宅記」によると、伊豆諸島をつくったとされる三島大明神には五人のお后があり、大島に置かれたお后は「波浮の大后」といい、波浮大明神の祭神「波浮比咩命」とされています。この波浮比咩命と三島大明神の間に生まれた二人の王子が「太郎王子おおい所」と「次郎王子すくない所」で、「太郎王子おおい所」は野増にある大宮神社の祭神。そして、「次郎王子すくない所」が波治加麻神社の祭神であるといいます。


泉津には今も伝わる「日忌様(ヒイミサマ)」という伝説があります。

昔、泉津(波治加麻神社のある集落)に暴政を行う代官がいて、村民の反感をかっていました。あまりのひどさに義憤に燃える若者25人が意を決して代官を打ち殺し、その夜のうちに波治加麻神社の大木を切り倒して丸木舟を作り、大島を逃れました。利島、新島を経て神津島にたどり着きましたが上陸を許されず、ついに、波間を漂い、行方知れずになってしまったといいます。それから毎年1月24日の夜中にこの若者25人の霊が五色の旗を押し立てた丸木舟に乗って、泉津の沖にあらわれると言い伝えられ、村人は毎年1月24日の夜には儀式を整え、日忌祭を行い、若者25人の霊を祀る風習が伝えられています。その風習の内容は、22日に餅をつき、25個の丸いお供え餅を用意します。24日には家の内外を念入りに掃除し、「アラスナ」と称する浜からとってきた小石を玄関の左右に置き、庭を海水で清め、また家の周りの節穴には「トベラ」、「ノビル」をさし、戸口には鎌や鉈などの刃物が置かれました。一方、屋内では神棚の下に25個の餅がノビルやトベラ、アラスナと一緒に供えられました。当日の夜は、一切外出せず、海を絶対に見ることなく静かに過ごし、無事に25日を迎えると25個の餅で雑煮をつくり祝うというものです。



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