top of page

つなぐ会
日本の伝統をつなごう
イベント企画



#243 波治加麻神社(はじかまじんじゃ)
東京都 伊豆大島 参道の左右には杉の大木が整然と真っ直ぐ天に向かって林立し、薄暗い中にも木々の間からやわらかな陽光が差し込み、周囲の静寂とともに何とも神秘的な雰囲気を漂わせています。伊豆諸島の生成伝説を伝える「三宅記」によると、伊豆諸島をつくったとされる三島大明神には五人のお后があり、大島に置かれたお后は「波浮の大后」といい、波浮大明神の祭神「波浮比咩命」とされています。この波浮比咩命と三島大明神の間に生まれた二人の王子が「太郎王子おおい所」と「次郎王子すくない所」で、「太郎王子おおい所」は野増にある大宮神社の祭神。そして、「次郎王子すくない所」が波治加麻神社の祭神であるといいます。 泉津には今も伝わる「日忌様(ヒイミサマ)」という伝説があります。 昔、泉津(波治加麻神社のある集落)に暴政を行う代官がいて、村民の反感をかっていました。あまりのひどさに義憤に燃える若者25人が意を決して代官を打ち殺し、その夜のうちに波治加麻神社の大木を切り倒して丸木舟を作り、大島を逃れました。利島、新島を経て神津島にたどり着きましたが上陸を許されず、ついに、波間を漂


#240 波浮港(はぶみなと)
東京都 伊豆大島 島の南部にある波浮港は島の中でもノスタルジックな風情ある漁港で、ゆっくり散策してみたくなるエリアです。波浮の港は元々は「波浮の池」と呼ばれる火口湖でしたが、寛政12年(1800年)に秋廣平六(あきひろへいろく)の指揮のもと波浮港掘割工事が開始され、翌享和元年(1801年)に増浚工事が完成、波浮港が開港となりました。火口湖の地形を活かした静かな湾の良港となり伊豆諸島の廻船や東西の廻船にとって航海の安全と多くの利便性を与える場所となり、多くの船で大変賑わいました。 また、波浮港には数々の文人や画家などの文化人も多く訪れ、様々な人々が行き交う活気溢れる場所となりました。 波浮港は、 1964年にヒットした都はるみさんのデビュー曲『 アンコ椿は恋の花 』の舞台として知られます 。波浮港を見下ろす「 波浮港見晴台 」には、この名曲の歌碑が設置されています。歌詞は私と同郷の星野哲郎氏。また、波浮港は、 川端康成の小説『伊豆の踊子』に登場する旅芸人一座の出身地として描かれ、モデルとなった一座が滞在した「旧港屋旅館」(みなとや、現・踊り子の里資


#239 砂の浜(さのはま)
東京都 伊豆大島 太古から続く幻想的な黒い砂浜。約1kmで 大島で一番長いビーチ。砂は、三原山の溶岩でできており、ウミガメの産卵地や夕陽スポットとしても知られています。


#238 地層大切断面
東京都 伊豆大島 熱海港からフェリーで伊豆大島へ日帰り(4時間ツアー)。 島の南西側、元町港から波浮港に向かう島一周道路沿いにある「地層大切断面」は、伊豆大島の火山噴火史を物語る地層の大切な断面です。およそ150から200年程度に1回という大噴火によって降り積もったスコリア・火山灰主体の降下堆積物が幾重にも積み重なり見事な縞模様をつくっています。高さ約30メートル・長さ約600メートルにわたって続き、その見かけから地元では『バームクーヘン』とも呼ばれています。 ガイド グローバルネイチャークラブの田中さん https://globalnature-club.com/


#237 伊豆半島 東海岸
静岡県 伊豆半島の東海岸沿いドライブ。 恵比須島(えびすじま)は、 静岡県下田市の須崎半島南端にある、橋で渡れる無人島 です。約15分で一周できる遊歩道があり、太古の海底火山が噴出した地層や、干潮時に現れる広大な「千畳敷」での磯遊び・シュノーケリングが人気のジオスポットです この島の頂上付近にある夷子遺跡で古墳~奈良期の土器が出土し、また、古代の儀式の跡と見られるたき火跡(祭祀遺跡)も確認されました。古代の人々は島の頂でかがり火を焚き、海の安全や豊漁などを祈ったのかもしれません。残念ながらこの日は時間切れで島を探索することができませんでした。 伊東港は、東京から南西に約120キロメートルに位置し、海と山に囲まれた風光明媚な伊東市の海の玄関口であり、「伊東オレンジビーチ」や「伊東マリンタウン」は、伊豆東海岸の海洋性レクリエーションの拠点で、熱海に負けない温泉街です。 お座敷文化大学 では 「芸事の真髄に触れて、日本文化の奥行きある『遊び』の精神を学ぶことができます」(伊東観光協会)というのが、伊東温泉の『お座敷文化大学』。女性限定の「芸者いき粋体験


#236 了仙寺横穴遺跡
静岡県 下田 「 了仙寺 」境内にある、今から1300年以上前の古墳時代の地元の有力者のお墓と推測されている洞窟古墳。穴は約10m程あり、先は浸食により反対側へと抜けている。海蝕洞窟を利用した古墳時代の墓地とみられ、人骨のほか勾玉や切子玉、金環、銅釧、土師器、須恵器などが出土した。
bottom of page



